No.219 2008年3月2日 大河原 仁

板橋区在住の 大河原 仁 です。

「強風による列車の乱れを体験、そして思い出を」

 先日の「さいたネット創立5周年記念食事会」は、会の発足総会以来多数 会員のご出席をいただき、楽しいひと時を過ごすことができました。

 私の隣の席においでになった内田さん、ごそごそと針金をペンチで曲げたり して、錨のような形のものを作成されていましたが、前回の「さいた歳時記」 にご本人がお書きいただいているように、強風で飛ばされた帽子を水面から 吊り上げる道具だとのこと、会場での実演では、その道具が実際に役立つこと が立証され、やんやの喝采を浴びました。内田さんのアイデアと帽子への執念 には脱帽です。

 風といえば、当日は前日から吹き荒れていた強風が止まず、交通機関に多く の影響が出ていました。
 私も、役員として早めに会場に到着しなければと思い、インターネットで 「路線情報」や「運行状況」を確認し、10時半には家を出たのですが、池袋 から乗車を予定していた「湘南・新宿ライン」はメタメタに遅れていて、やっ と到着した電車もいつ出発できるのか先行き不明、そこで、とっさに地下鉄丸 の内線に乗り換え、東京駅から東海道線を利用しようと方針転換しました。

 東京駅では構内の長い通路をやっと東海道線のホームにたどり着き電車に乗 り込むと、車内放送で「沿線で火災発生のため発車を見合わせ中で、いつ発車 できるか分からない」とのこと、京浜東北線のホームに回ると、やはり東海道 線と同様の状況で、構内放送では「横須賀線か、品川から京浜急行を利用する ように」とのこと、また構内の長い通路を横須賀線のホームに行き、これもか なりダイヤの乱れている電車に乗り、横浜にたどり着くことが出来ましたが、 この時すでに会の開会予定時間の13時に近い時間になっていました。

 横浜では、京浜東北・根岸線がやっと動き出したものの、到着まで、かなり の時間がかかるとのこと、市営地下鉄の乗り場まで、これも長い通路をたどり、 地下鉄でやっと「関内」に到着することが出来ました。この結果、会場には定刻 に約15分の遅れとなりました。

 普段何気なく乗り物を利用していて、定時に目的地に移動できるのが当然と思 い込んでいますが、ひとたび運行が乱れた時には、とても大変な思いをしなけ ればならないことを、見に染みて思い知らされました。また、インターネットも、 「運休」についてはともかく、「列車の遅れ」については詳細な情報がなく、 あまり当てにならないことを思い知らされました。

 当日は、廣瀬さんのように、努力の甲斐なく横浜まで到着できなかった方も おられ、ほとんどの皆様が私と同じようにご苦労されたことと推察し、あらた めて「ご苦労様でした」と申し上げます。

 ところで、今回の体験から、若い頃(かれこれ45年近く前)「蔵王」に行 った時のことを思い出しました。

 やはり強風の為、東北線・奥羽線が止まり、早くから指定券を購入していた 列車が運休することになりました。折角上野駅まで来たのに何とかならないか、 駅員に文句(自然災害だから文句を言っても仕方ないのですが、そこは人情と してひと言)を言っていた最中、駅の放送が「上越線は定時に運行している」 ことを告げていました。

 言いわけする駅員に「まあいいやしょうがないや」と言い残し、とっさに、 グループの全員で上越線のホームに向かい、幸い列車に乗車することが出来まし た。列車が動き出してから、時刻表を確認していくと、なんと、新潟から米坂線 回りの準急「あさかぜ」(当時は仙山線・米坂線経由で仙台と新潟の間を一往復 していましたが、現在は、急行「べにばな」が米沢と新潟の間に運行されています。)が利用できることがわかりました。上越線に乗り換えたときは、湯沢か 石打あたりでスキーが出来ればと思っていたのですが、幸運にも新潟から雪深い 米坂線の車窓を楽しみながら山形に到着、バスに乗り換えて正午頃には、目的の 蔵王温泉に到着できました。

 奥羽線が止まっているので、スキー場はガラガラ、強風の吹き荒れた後の空は 真っ青に晴れ上がり、美しく輝く樹氷の間を思い切り滑りまくることが出来ま した。

 「災い転じて福となる」ということが言われますが、まさにその言葉通りの 思い出です。
 また、「線路は続くよどこまでも」という歌がありますが、日本全国鉄路で 結ばれているということを実感したのでした。
以上